[tips] メタ解析の有効性
「自尊感情」とは何か
「日本の子どもたちは自己肯定感が下がっている」「日本人は自信を失ってきているのではないか」「日本全体の活力が失われてきている」といったことが指摘されることがあります。また、最近の日本は全体的に元気がなく、人々は自信を失っているのではないかという印象を抱く人もいるのではないでしょうか。
自分自身を基本的に良い人間で、好ましく、価値がある存在だと感じること、自分自身に対する全体的な評価的感情のことを「自尊感情」といいます。自尊感情は心理学の用語で、一般的に使われる自己肯定感という言葉に近い概念です。
そうした意味で日本人の自尊感情が下がっていると指摘されることがあるわけですが、一方で、「個人の印象だけでは信用できない」「ちゃんとしたエビデンスがないと本当かどうかはわからない」という意見もあります。
実際に私自身も研究者ですので、そういう意見に近い立場です。いくら人々が「自己肯定感が下がっていそうだ」という印象を抱いていたとしても、実際に心理学の研究で使う「測定尺度」を使って、近年になるほど得点(つまり集団の平均値)が下がっているということが示されないと、なかなか「確かにそういう現象が生じている」と結論を下すことはできません。
ただし「自尊感情の低下」という現象を確かめようと思っても、ひとつとても大きな障壁が立ちはだかります。それは、タイムマシンを手に入れることでもしない限り、現在の時点において、過去に生きていた人々に調査をすることができないということです。
しかし、幸いにも、私たちは過去に行われた研究を参照することができます。
心理学では、調査で用いる「測定ツール」を開発することが重要な研究のひとつになっています。自尊感情についても同じで、心理学者たちは自尊感情をより確実に測定できる複数の質問項目のセットを開発し、それが論文に掲載されています。そして一度ツールが作られると、研究者たちはそのツールを使って「自尊感情を測定」していきます。
過去の研究の「平均値」を集める
今回用いたのは、少し仰々しい名前ですが「時間横断的メタ分析」と呼ばれる研究方法です。この方法では、すでに公刊されている心理学の論文に注目します。全ての論文というわけではないのですが、多くの論文には、測定ツールを用いて測定された「心理尺度」の基礎的な情報として、それぞれの得点の平均値が記載されています。
研究者たちは自分たちが測定した自尊感情の平均値を論文に痕跡のように残していくというわけです。そこで、遺跡を発掘するように、論文に掲載されている平均値を集め、比較可能なように調整を施しつつ年代順に並べていけば、その得点の時代変化を描くことができるというわけです。
なおメタ分析というのは、論文に記載された統計的な数値を集めて統合する研究手法のことです。メタという言葉には「高次の」「超えて」といった意味があります。メタ分析というのは複数の分析結果を集めて、より上の観点から現象を検討するという研究方法を意味します。
自尊感情を測定する尺度にはいくつかの種類がありますが、世界中で最もよく使われているのは1965年にローゼンバーグが発表した自尊感情尺度(Rosenberg, 1965)です。この尺度は日本語にも翻訳され、多くの研究で用いられています。
多くの研究で使われているということは、それだけ多くの平均値が論文に記載されているということになります。さらに、この尺度が日本でよく用いられるようになったのは1980年代以降ですので、そのあたりからの時代変化を検討することができます。
実際に下がっていた
ちなみに私たちの研究グループが論文に掲載されている平均値を集め始めたとき、結果についてはまったく予想していませんでした。私自身も、「最近になっても平均値が下がっていなかったら、下がっていませんでしたという結論の論文を書けばいいかな」と思っていたくらいです。
ところが、集めた平均値を分析し、その結果を見て驚きました。1980年代から2013年にかけて、中高生、大学生、成人いずれにおいても最近になるほど平均値は低下していたのです。結果を見て驚いて、急いで論文を書いたことを覚えています。それが、「自尊感情平均値に及ぼす年齢と調査年の影響」(小塩他, 2014)という論文です。
その後、さらに2017年に発表された論文まで、低下が続いているということも学会で報告しました(小塩他, 2018)。
全文はソース元で
gendai 2020.1.4
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69543
「日本の子どもたちは自己肯定感が下がっている」「日本人は自信を失ってきているのではないか」「日本全体の活力が失われてきている」といったことが指摘されることがあります。また、最近の日本は全体的に元気がなく、人々は自信を失っているのではないかという印象を抱く人もいるのではないでしょうか。
自分自身を基本的に良い人間で、好ましく、価値がある存在だと感じること、自分自身に対する全体的な評価的感情のことを「自尊感情」といいます。自尊感情は心理学の用語で、一般的に使われる自己肯定感という言葉に近い概念です。
そうした意味で日本人の自尊感情が下がっていると指摘されることがあるわけですが、一方で、「個人の印象だけでは信用できない」「ちゃんとしたエビデンスがないと本当かどうかはわからない」という意見もあります。
実際に私自身も研究者ですので、そういう意見に近い立場です。いくら人々が「自己肯定感が下がっていそうだ」という印象を抱いていたとしても、実際に心理学の研究で使う「測定尺度」を使って、近年になるほど得点(つまり集団の平均値)が下がっているということが示されないと、なかなか「確かにそういう現象が生じている」と結論を下すことはできません。
ただし「自尊感情の低下」という現象を確かめようと思っても、ひとつとても大きな障壁が立ちはだかります。それは、タイムマシンを手に入れることでもしない限り、現在の時点において、過去に生きていた人々に調査をすることができないということです。
しかし、幸いにも、私たちは過去に行われた研究を参照することができます。
心理学では、調査で用いる「測定ツール」を開発することが重要な研究のひとつになっています。自尊感情についても同じで、心理学者たちは自尊感情をより確実に測定できる複数の質問項目のセットを開発し、それが論文に掲載されています。そして一度ツールが作られると、研究者たちはそのツールを使って「自尊感情を測定」していきます。
過去の研究の「平均値」を集める
今回用いたのは、少し仰々しい名前ですが「時間横断的メタ分析」と呼ばれる研究方法です。この方法では、すでに公刊されている心理学の論文に注目します。全ての論文というわけではないのですが、多くの論文には、測定ツールを用いて測定された「心理尺度」の基礎的な情報として、それぞれの得点の平均値が記載されています。
研究者たちは自分たちが測定した自尊感情の平均値を論文に痕跡のように残していくというわけです。そこで、遺跡を発掘するように、論文に掲載されている平均値を集め、比較可能なように調整を施しつつ年代順に並べていけば、その得点の時代変化を描くことができるというわけです。
なおメタ分析というのは、論文に記載された統計的な数値を集めて統合する研究手法のことです。メタという言葉には「高次の」「超えて」といった意味があります。メタ分析というのは複数の分析結果を集めて、より上の観点から現象を検討するという研究方法を意味します。
自尊感情を測定する尺度にはいくつかの種類がありますが、世界中で最もよく使われているのは1965年にローゼンバーグが発表した自尊感情尺度(Rosenberg, 1965)です。この尺度は日本語にも翻訳され、多くの研究で用いられています。
多くの研究で使われているということは、それだけ多くの平均値が論文に記載されているということになります。さらに、この尺度が日本でよく用いられるようになったのは1980年代以降ですので、そのあたりからの時代変化を検討することができます。
実際に下がっていた
ちなみに私たちの研究グループが論文に掲載されている平均値を集め始めたとき、結果についてはまったく予想していませんでした。私自身も、「最近になっても平均値が下がっていなかったら、下がっていませんでしたという結論の論文を書けばいいかな」と思っていたくらいです。
ところが、集めた平均値を分析し、その結果を見て驚きました。1980年代から2013年にかけて、中高生、大学生、成人いずれにおいても最近になるほど平均値は低下していたのです。結果を見て驚いて、急いで論文を書いたことを覚えています。それが、「自尊感情平均値に及ぼす年齢と調査年の影響」(小塩他, 2014)という論文です。
その後、さらに2017年に発表された論文まで、低下が続いているということも学会で報告しました(小塩他, 2018)。
全文はソース元で
gendai 2020.1.4
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69543